今回は、海南市内の万葉歌碑を2回に分けて御紹介したいと思います。 先ずは(その1)として合併前の旧海南市内にある9つの歌碑をめぐります。 ※平成20年3月末まではJR海南駅構内の海南市物産観光センターで レンタサイクル(有料)の貸し出しも ありますので、ゆっくり探索してみてはいかがでしょうか。
JR海南駅前広場にある歌碑です。 万葉集には名高の浦を詠んだ歌が四首あるそうですが、当時の海岸線は現在よりかなり内陸部にあったそうです。日方や黒牛潟の黒江など地名の由来も万葉集の楽しみの一つですね。 歌碑の説明はこちらをクリックしてください。 では、歌碑めぐりのスタートです。駅前の信号を渡り、商店街を西に進むとすぐに海南市役所に着きます。
海南市役所の庁舎北側に立つ万葉歌碑です。 「名高の浦」四首のうち、二首が続きます。市役所は海南市日方にありますが、万葉当時は干潟であり、地名の由来になったそうです。 歌碑の説明はこちらをクリックしてください。 歌碑前の交差点(信号有り)を北に進み、海南市民病院、きのくに信用金庫海南支店を過ぎ、城山トンネルを抜けるといよいよ紀州漆器の町、黒江に到着です。
海南市黒江の黒牛茶屋です。歌碑は建物の北側、駐車場奥にあります。 歌碑の隣には海南の万葉歌九首も紹介されています。 黒牛茶屋については、竃シ手酒造店さんのホームページをご覧ください。 黒牛茶屋の駐車場に沿って路地を山手に進み、案内板を右折した先に中言神社があります。
同じく海南市黒江、中言神社の境内にある万葉歌碑です。 歌碑の説明はこちらをクリックしてください。 黒江では、町並みを散策するも良し、紀州漆器のお店を訪ねるも良し。事前に予約をすれば語り部さんによる案内や漆器蒔絵・根来塗椀研ぎ出しも体験出来ます。 ・語り部案内(海南市再発見!まちづくり海南) ・漆器蒔絵・根来塗椀研ぎ出し体験(ほんまもん体験プログラム)
黒江の町並みに別れを告げた後、 海側に出て、国道42号を白浜方面に南下しますと海南消防署が見えてきます。(署の写真は南東側から写したものです。) 歌碑は建物正面に向かって右側、日方川寄りに建っています。 歌碑の説明はこちらをクリックしてください。 黒牛の登場する歌が三首続いたところで、残る「名高の浦」の歌二首を探しましょう。 国道に出ると車の往来が激しくなります。信号を守って安全に十分注意願います。
タイトルでは、労金海南支店東・歩道横となっていますが、 場所の説明が難しいので、近畿労金海南支店さんを勝手に目印とさせていただきました。すみません。 国道42号築地交差点南東角に労金さんがありますので、歩道を海南駅方面に歩くとすぐに歌碑が建立されています。 歌碑の説明はこちらをクリックしてください。 左の写真は通りを挟んで北西側から写したものです。撮影地点から東側、きのくに線の高架橋に向かって進むと次の歌碑に着きます。
JR海南駅 正面から線路沿いに南に向かうと、高架下の駐車場の先に「名高の浦」四つめの歌碑がありました。 駅前の歌碑から近いので、こちらから回るのも十分アリですね。 歌碑の説明はこちらをクリックしてください。 ここからは、きのくに線のガードに沿っても、宝来橋たもとの道標に沿ってもいいですが、熊野古道の雰囲気に浸りながら、藤白神社に向かいます。
熊野九十九王子のうち特に格式の高い五躰王子のひとつ 藤代王子のあった藤白神社です。 紀伊万葉の歌には悲劇の王子「有間皇子」を偲ぶものが何首か詠まれていますが、19歳の若さで命を絶たれた皇子の死後43年も経ってから 詠まれたのがこの歌だそうです。 歌碑は境内にある有間皇子神社にひっそりと建っていました。 実はこの歌碑を見たあたりから、単に歌碑を見て回るだけのハイキング気分だったものが、あれっ、大化の改新って何年やったやろ?と 遠い万葉のロマンに思いを馳せ始めたのでした。
藤白神社から藤白坂に向かう熊野古道の途中に 有間皇子の墓があり、歌碑も同じ場所に建立されています。 皆さんも是非一度、万葉歌碑や熊野古道をお訪ねください。 海南市万葉歌碑めぐり(その1)は、有間皇子の詠んだもう一首の歌を紹介しておひらきにさせていただきます。最後までご覧いただきありがとうございました。 磐代(いはしろ)の 浜松が枝(え)を 引き結び ま幸(さき)くあれば またかへりみむ (巻2−141)
いかがでしたか。今回のコースはあくまで参考ですので、皆さんはお好きな歌碑をご自由にお訪ねください。 なお、一部は私有地や境内地内にありますので、大人のマナーでお願いします。 次回は、海南市万葉歌碑めぐり(その2)として、旧下津町内にある5つの歌碑を御紹介しますのでお楽しみに。
このホームページは、下記を参考に作成しました。